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忍ぶれど・・・
色に出にけりわが恋は。サイト更新状況と日々のよしなしごとを。
⑤美術館と名画の話
イタリアはとても網羅しきれないほどの世界的名画がいっぱい。
画家名を思いつくだけでもボッティチェルリ、ティツィアーノ、カラヴァッジョ、もちろんラファエロやミケランジェロ、ダヴィンチといった綺羅星のような天才たちの作品が、これでもかというくらいに見られます。

美術館は予約が必要なところが多いですが、今はHPで日本語予約のできるところもあるみたいですね。わたしたちはツアーやオプショナルで入ってしまいましたが、やはりオフシーズンで個人でもそれほど並ばなくてもよさそうでした。ちなみにダヴィンチの「最後の晩餐」は教会ですが予約が必要で、しかもツアーでさえ確約できないもよう。今は見るのが難しくなっちゃいました。

向こうでは驚くことに、どんな名作も触れそうな距離にあります。ウフィッツィやヴァチカンなどは入館の際に空港並みの厳しい荷物チェックがある(液体は持ち込めません)ものの、中ではほとんど何のガードもないんですよ。注意程度の手すりと、「春」「ヴィーナスの誕生」にガラス一枚カバーしてあるのがせいぜい(ただ以前、欠損被害にあった「ピエタ」だけは遠くガラスの向こうに行ってしまいましたが)。

日本のように仰々しくガラスケースに閉じ込めて、遠くから見せるのとは違う。驚いたことに多くの美術館は模写も撮影もできる(保護のためにフラッシュは禁止)。ヨーロッパはみなそうらしいですが、芸術との距離がとても近いのです。

このように数多くの名画に触れるなかで、行くたびに印象に残る作品が違います。
だから何度行っても飽きないんでしょうね。もちろん回りきれてもいないし。

ウフィッツィでは今回、ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」とカラヴァッジョの「バッカス」。非キリスト教的主題であり神話を題材にしていながら実写的で世俗的。特に後者は妙な面白みというか俗っぽいエロスがあって、強烈でした。ちなみに彼の作品は当時、同性愛者に人気があったとか。実際、なんとなくわかる気がします。要するにオカマっぽいの(笑)。

母がラファエロを好きなこともあり、パラティーナ美術館へも足を運びました。ウフィッツィとアルノ川を挟んだ対岸にあり、ピッティ宮という宮殿をそのまま用いているので調度品も見ることができます。ラファエロの有名すぎる「椅子の聖母」があり、人が少なくてひとり占めという贅沢がここでも。宮殿という場所柄、部屋の壁すべて絵で埋まっていて、もうどれがどれだけ有名かもわからない。その圧倒的な空間も一見の価値ありです。
ここではティツイアーノの「マグダラのマリア」が素晴らしかった。真珠色の肌と、裸身にまといつく豊かな黄金に輝く巻き毛。女性の美しさに溜息が出ます。

ヴァチカン美術館は、朝から午前中いっぱい駆け足でも半分も見ることができませんでした。絵画館とラファエロの間とシスティーナ行って終わり。かの有名な彫刻「ラオコーン」はまた見れずじまい。
日本語ガイド付きオプショナルツアー(1万円ほど)で行ったんですが、ツアー優先の入場で並ばずに入れても中はほんとうに駆け足。すっ飛ばされた現代絵画の中に、ダリやら棟方志功やらがあるんですから、凄すぎる。
ミケランジェロの執念と生命がそのまま焼きつけられたようなシスティーナの迫力は、まさに筆舌に尽くし難い。あれこそ、そこに行かなくては、あの空間でこそ見なくてはならない、「本物」。今後どんなに映像技術が発達しても、再現はできないでしょう。

ダヴィンチの「受胎告知」に興味を持った娘。多くの画家が描いていますがどれも構図がほぼ同じことが面白かったようです。純潔を象徴する百合の花と、懐妊を告げる天使の指先、驚くマリアのポーズ。しばらくはわたしと娘のマイブームでした。「デキましたよ!」「まあ!」

余談。
前回来たとき、後ろ手に縛られ何本も体に矢を受けながら虚ろに天を見上げる半裸の(美)青年という主題の絵が多くて印象に残っていたのを思い出しました。今回ももちろんたくさん見ましたとも!どれもその表情は悩ましく美しく、肌とかポーズとか筋肉のつき方とか、宗教画にあるまじき妖しい官能が漂ってましたとも!(笑)
キリスト教関連には違いないけれど聖書関係を読んでもわからなかったので、帰国してから調べてみました。すると彼は聖セバスティアヌスという人物であることが判明。
ウィキによればなかなか興味深い主題のようです。オスカー・ワイルド、三島の「仮面の告白」など、ゲイのイコンであるとか。前述のカラバッジョといい、わたしの嗅覚ってある意味すごいわ(笑)。

旅行前にF子ちゃんと、聖書を読んでいくといいよね、と話していたのを思い出し、直前に子供向けの「聖書物語」を購入。表紙はラファエロの「椅子の聖母」。
旧約、新約をダイジェストで読んでみたものの、正直ピンとこない。しょせん信仰のないものにはこの程度かと思ってました。
けれど、実際に現地で多くの宗教画や建造物を見たとき、それが面白いように頭に入る。
映像や本で見ただけではわからない、存在感。
本物を見る、感じるということは、それだけの力と価値があるということなのかもしれません。

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